銀座人インタビュー<第2弾>
銀座にゆかりの深い「銀座人」たちに弊店渡辺新が様々なお話しを伺う対談シリーズ。普通では知ることのできない銀座人ならではの視点で見た、銀座話が満載です。

銀座人インタビュー〈第2弾〉銀座の「和」、世界の「WA」
銀座くのや 菊地泰司会長

フォーマルからカジュアルへ

菊地:僕はある時、フォーマルを壊してカジュアルにしたんです。それは何かというと、昔の映画の話でアラン・ドロンが、雨がジャバジャバッと降っているときに、車にタキシードで乗るんですよ。そのときに、絹の真っ白なスカーフをバーッとしていたんです。ということは、絹なんてビチャビチャに濡れてしまいますよね。僕らも芸者さんも、絹の着物でしょう。だから芸者さんは、雨が降ってくると濡れるのを嫌がって、駆け出していきました。それをアラン・ドロンは平気で絹の真っ白いやつをシュッと。それを見て、「ああ、粋だな」と思ったんですよ。「ああ、そうか。雨の中でも、一番高いフォーマル、一番高い絹のマフラーを濡らしてしまって、あとはバッと捨てちゃうのかな。格好いいな。」と思って。それをやりたいなという気がしました。
 僕はそれから、和装でフォーマルというとうちでは帯締めや帯揚ですけど、真っ白な帯締めがフォーマルなんですよ。だけど、僕が大学出たころだから、昭和33〜34年かな。もうちょっと後かな。そのころにとにかく、そのアラン・ドロンを見てからだったんです。
 うちに帰って「重ね」といって桐箱の中に10本ずつか、20本ずつ、帯締めが全部入っているんですよ。それが5段ぐらい重なっていて、その桐箱をボンとお客さまの前に持ってきて、「どちらがよろしいでしょうか」みたいなことをやって、ガラスのケースの中にはそんなに入っていないんです。カウンターの上でそういう商売をしていたんです。ガラスのケースの中のものを出したら「あなたね、こんなものは飾り物でしょう。飾り物を私がお金を出して買うわけないでしょう」とお客様からよく叱られました。

渡辺:お客様にはディスプレーとして映ってしまうんですね。

菊地:ケースの中には結んで陳列してありますから、結び癖が付いているものは「私が買うんだから、さらのをちょうだい」と。商品と品物の差ですね、その気持ちが大事だとつくづく感じ今でも大切にしています。

渡辺:そうですね。なるほど。

菊地:それまでは真っ白というのは全部ご結婚式用で、白に金が入っていたり銀が入っていたりした帯締めだったんですよ。その真っ白の帯締めをカジュアルに締めていただいたらとお薦めしました。
 例えば、濃いグリーンのお召し物で、こげ茶色の帯を締めて、そこに真っ白な帯締めをキュッと結んだら、格好いいんですよ。それで、白の帯締めが普段でも売れるようになりました。アラン・ドロンのおかげです。さらに白というのは汚れますから、5回ぐらい締めたらまた買って頂けますから、売上げも増えましたね。
 話は変わるけれども、風呂敷もスクエアクロスといったものを「FUROSHIKI=風呂敷」という言葉をローマ字で作って風呂敷を世界語にしてやろうと思って実行しました。今では、ほとんどそうなってきていますよ。

渡辺:やっぱりそのままの言葉のほうがいいのかもしれないですね。
 先日、松竹の大谷さんがおっしゃっていたのですが、公演のときに外国の方だからって変に演目を変えずそのままストレートにぶつけたほうが、かえって受けがいいと。今の風呂敷の話も、新たに言葉をこさえるよりは、そのままポンと出してしまったほうが受け入れられるかもしれないですね。

菊地:ちょっと話が脱線するけれども、タニザワという鞄屋さんが銀座にあるんです。
 鞄という革偏に包むという字、この鞄という字を作ったのは、谷澤の大旦那なんです。文部省じゃないんですよ。それで、明治陛下が銀座の通りを馬車で行幸なさって「あの字は、何と読むのか」と聞かれたそうです。そしたら、お付きの方が誰も読めない。それで、後から聞きに見えたんですよ。あれは〈カバン〉と読むと。銀座にそういうすごい人がいたんですね。銀座の宝です。

渡辺:鞄屋さんが作った字なんですね。その発想力に感服します。

菊地:大したものですよ。それで、その大旦那が僕のところへ来て、「くのやさん、鞄は中に入れるものが小物ひとつでも、あるいは本が10冊でも鞄は鞄、同じスペースを取る。しかし風呂敷というのは、持っていくときにどんなにかさばっても、向こうでそれを全部売ってしまったら、ピランと1枚の布になる。あれにはかなわない」とおっしゃって笑っていました。

渡辺:発想による風呂敷と鞄の比較。面白いですね。

菊地:そうですね、着眼点を変えるということはとても大事だと思います。例えば僕は、パリでマフラーが掛かっていても「あれ、面白い帯揚が掛かってるな」と思ってしまうんですよ。そういう見方をしていると、ケープみたいなものが、「あれは着物に使ったらいいだろうなとか、そのときはオーバーが要らないな。そうすると、オーバーが要らなくなるか、あるいは羽織が要らなくなるか、どっちかだ」と見るわけです。昔は、羽織があって、それでコートを羽織って、あるいは羽織を着てショール。
 それが、僕がお求めやすい価格でウールのコートを作った事があるんです。今でも覚えています。1万2800円のコートを桐生で作ったんですが、びっくりするほど売れました当時売っているのはうちだけでしたから。

渡辺:それまで女性は羽織を着て、またそれでお洒落をしていたんですよね。

菊地:そう羽織ですね。羽裏というのがあるでしょう、男は羽裏のお洒落というのがあるんです。

渡辺:ちょっと艶っぽいのとか、色々なのがありますね。

菊地:そう。男女のいろんなのもあったりとか、羽裏というのは面白いんですよ。それも京都じゃない、やっぱり江戸。庶民は木綿しか着られなかったから。
 京都の雅の人はちゃんと絹物を着られたんだと思います。江戸っ子は悔しいと思って、裏に絹を付けたんです。江戸っ子の意地ですかね。

渡辺:木綿の着物の裏に絹を付けてお洒落をする。江戸っ子の粋を感じますね。

菊地:そう。そういう素材でも、京都と東京は違いますね。そういう感覚も、遊び心というのかな。今、うちの店のテーマは、「遊び心の伝統工房」というのをやっているんですけど、うちの息子もそれだけはずっとつなげているから、いい言葉だなと思ったんじゃないのかな。
 われわれは商人ですから、遊び心で商売しなきゃいけないんですよ。そこに商人の文化があると思います。

渡辺:なるほど。先ほどお話しにあった白のフォーマルや刺し子など、本当の目的とはちょっとずらすことでファッションが生まれる。そういうところに遊びがあるんですね。そして、それが商売につながっていく。
 それに「粋」というのは、そういう「遊び心」もどこかに要素として入っていないと、粋だ艶だみたいな話にはならないのかもしれませんね。

菊地:そうですね。お洋服でも粋な着方があるでしょうし、粋な形もあるでしょう。いろいろおありになると思うけど、特に和装の世界というのは最後まで残っていた日本文化かもしれないですね。

渡辺:お伺いしていて面白いなと思ったのですが、その日本の言葉、粋とか野暮というのは、高い安いではないですよね。

菊地:違いますね。

渡辺:粋な木綿もあれば、野暮な絹もある。何か、金額とはまた別なセンスというんですか。そこをすごく重視しているのが、日本の言葉って面白いですね。単にお金を出せばいいというものではなくて。

菊地:やっぱり、着ている人の心張り棒が通っているか、通っていないかでしょうね。

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外国から見た和の世界

菊地:僕は外国へ行くとき、必ずホテルに先に着物を送ります。で、夕飯は必ず着物でいただきます。

渡辺:そうですか。周りの人に喜ばれますよね。

菊地:喜ぶどころじゃないです。見に来てしまいます(笑)。ミュージシャンまで来てしまって、僕のテーブルだけ大変なんです。

渡辺:賑わってしまいますね。菊地会長のテーブルだけお祭り騒ぎ。

菊地:そう。それでしょうがないから、ポチ袋ですよ。ポチ袋で一番安い現地の札を入れて、中は開けなきゃ分からないですからね。ルームナンバーと名前は書いておきますから、翌日からはもう待遇が全然違います(笑)。

渡辺:そのポチ袋というのも、日本の伝統的なもので喜ばれるんじゃないですか。

菊地:そうなんです。でも、ポチ袋という言葉を知らないから。そしたら、何だっけな。リトルエンベロープと・・・。

渡辺:リトルエンベロープ(笑)。

菊地:それは確かにそうですけど(笑)。だから、ポチ袋と言っても分からないかもしれないけど、風呂敷と似たようなことかもしれないです。そこにやっぱり日本という遊びの文化があるんじゃないですかね。

渡辺:そういう粋な心を外国にも持っていくようなお気持ちで、着物をあちらでお召しになられる。

菊地:ええ。民族衣装ではあるとは思っていますけど、自分がこういう着物が好きだから、外国へ行ったときこそやっぱり自分でいたい。虎の威を借りてじゃないけれど、着物の威を借りてかもしれないです。
 やはり日本のいいところというのは、外国の方のほうが見てくれるのかな。日本人が忘れた日本の心というのかな、そういうものがあるように思いますね。

渡辺:外国ブランドなどの進出で、銀座もこの先どんどん変わっていくだろうと思いますけれど、それに関してはどうお考えですか。

菊地:それはね銀座が取り込むべきなんです。銀座人にしてしまえば。やはり銀座でも街が育っていく中で、そういう新しい血が入ってこなければ、絶対街というのは育たないですよ。

渡辺:多かれ少なかれ、絶えず新しいものが必要なのですね。

菊地:そうです。その代わり、今までは絶えず新しい血を入れてきても、それが結局みんな銀座人になったから。

渡辺:同化してしまう。

菊地:ええ。そういう作用が銀座にはあるんですよ。「銀座の篩」とでも言いますかね。

渡辺:親父さんと言われたり、大旦那と呼ばれていた方々は、そういう外国から来たものを受け入れる懐の大きさみたいなものを常に持っていたと。

菊地:そう思いますよ。例えば、坂本竜馬。あの人たちだって、みんな、黒船を取り入れているわけでしょう。銀座だって、何が出てきたって今までも全部許していたんです。やっぱり江戸、東京というのは、すごく広い気持ちがあると思います。
 ちょっとニューヨークとは違うと思います。ニューヨークも許している。「何でも来い」みたいな。「その代わり、自分で勝手にやれ」という。だけど江戸というのはそうじゃない。やはりそこに何か日本人の情みたいなものがあって、街の中に同化していく。そして互いに力を出しあって、街が良くなる。それを許容できる店が銀座に残って、今の銀座になってきたんだと僕は思っています。

渡辺:そういうふうにやって、どんどん銀座の街自体も発展していったと考えていいんでしょうか?

菊地:そう思います。だからファストファッションが出てきたっていいじゃないですか。だって「銀座に出るな」と言ったって、お台場に出てしまったり、新宿に出てしまって、みんなそっちへ買い物に行ってしまったら、どうなってしまいます? そうじゃなくて、銀座は彼らにもっと「これの後はこういうものをやりたいんだ」とか、「やっぱり銀座という街を大事にしていくんだ」ということを感じてもらう。10年、20年、30年かかると思いますけど、そうやって育ってきた街だし、これからもそうやって成長していく街だと僕は思いますよ。

渡辺:では銀座の街も、これからますますグローバル化していく可能性も大きいとお考えですか?

菊地:みんな顔が違うし、生まれも違う、何百年も育ってきた。それぞれの国が、あるいはそれぞれの街が、それぞれの業種がそれぞれの文化を持っていますからね。画一的なグローバル化ではなく、互いの文化を理解して街の中に共存するというグローバル化はあると思います。

渡辺:やはり売っている商品の中にも、文化なり、思いとかというものを込めて商売をしていかないとということですね。

菊地:これからの銀座というのは、新しい店や人ともしっかりお付き合いをして、それで銀座という街をしっかり感じてもらう。そして僕らも新しいものを吸収する。

渡辺:お互いの良さや文化を尊重し合って成長する。

菊地:だけど残っているのは、あくまで銀座。そこを忘れないようにして、それで僕はそれを作るのというのは何か、どういう方法でそれができるかというと、心と心の通い合いだと思うんです。
 もうシステムだとか、コンピュータだとか、マニュアルだとかだけじゃない世の中が来ると思います。

渡辺:やはり「気持ち」や「心」ですね。お店同士とか、商売されている方同士もあるし、お客様とお店との繋がりもある。

菊地:まずは、銀座の中での話。そういうことは、お客様は敏感に感じると思います。そうしたら「ああ、やっぱり銀座というのは違うわね」ということがお分かりになりますから、銀座を離れた方は戻っていらっしゃる。
 今後、通信販売やコンピュータ販売はどんどん増えていくと思いますが、その中で心と心の通い合いというものが、もっと大切になってくると思います。買いたいから来るんじゃないんですよ。しゃべりたいから来る。寛ぎたいから来る。それをできるのが銀座なんです。
 銀座という街は、何となく歩いていても心が和むし、知っている人にも会う、そういう心の触れ合いから、お客様とわれわれ商売をしている人とがお互いにうまくやっていくのだと思います。

渡辺:今はどこにでも何でもある時代ですから、物ではない何か、寛ぎとか、和みとかそういうメンタルな部分を提供していかないといけないですね。

和装の今昔

壹番館洋服店 渡辺 新 壹番館洋服店 渡辺 新

渡辺:長くご商売をやっていらして、30年前の和装と今の和装は違いますか?例えば先ほど、そのころは女性も羽織を着ていたのが、コートを売り出してから羽織がパタッと売れなくなってしまったように、どんどん和装の世界は変わってきているんですか?

菊地:そういう話でいえば、甚平を作った時の話です。甚平なんか、まだ全然はやっていない頃、当時甚平というのは上はいいんだけども、下に履くボトムこれが、いかにも夜寝るときのパジャマのズボンかステテコなんですね。

渡辺:甚平の下が。

菊地:その昔、歌手の南こうせつさんとゴルフをしながら話をしていて、「菊地さんね、今度の野外公演で、甚平を着ようかと思う」と言ったんですよ。「ああ、いいね。やってくれ」と言ったんです。「ただ、パンツが気に入らない。私は、白の半パンツで行く」と。それで、「なるほど、へえ、そういうので」、「そうすると、私の悩んでいたボトムも一挙に解決するんだ」と。そうしたら、それが受けているんですよね。

渡辺:じゃあ昔は、甚平の下というのは、長いものだったんですか?

菊地:甚平は丈が長くて下を履く必要がなかったんです。だけど戦後売り出すときに、何か付いていないと不思議なんですよね。そこで下町のおじさんたちは、ステテコを履いていましたよ。

渡辺:甚平の下に合わせていたのは下着だったんですね。

菊地:そう。それで僕は「ああ、そうか」と思ったんです。ステテコだから電車にも乗れない、人前にも出られないんだ、だからマーケットが狭いんだと。
 それで僕はハワイへ行って、ヨットのクルーを呼んできてヨットのパンツを履かせて、甚平の短いのを着せたんです。格好良かったですね。8人のクルーがダーッと並んで。それで、僕はワイキキでファッションショーをやったんですよ。

渡辺:やはり和装もそのように、カジュアルな方へとどんどん変わっているんですね。

菊地:元はフォーマルでしたからね、戦後は全員フォーマルでした。結婚式、それから政界のパーティー、和服こそフォーマルといった意識がありましたね。カジュアルがすべていいという訳じゃないけれど、そのときにカジュアルな和服がなくなってしまったように思います。

渡辺:なるほど。フォーマルで袋小路に入ってしまったんですね。

菊地:なぜかというと、フォーマルというのは、マニュアルで管理できて楽なんですがみんな似たり寄ったりになる。だけど、カジュアルというのは、マニュアルでは管理できないんですよ。

渡辺:それぞれ好き嫌いがあってセンスも必要。個性がものすごくありますね。パターン化しようとしても絶対無理です。だけどカジュアルというのは、可能性がありますね。売る人のセンスも必要ですし。
 お客さま一人一人の個性に合わせて、とても面白いです。

菊地:着物が流行らない理由として、楽しいカジュアルな着物作りの努力が不足しているとも考えられます。
 壹番館さんは、どっちかというと、フォーマルでいらっしゃるから。「フォーマルだったら、おれのところへ来い」という自信。これが大切だと思います。

渡辺:うちも以前は、注文の8割以上がスーツでしたが、今はジャケットと半々ぐらいになってきています。

菊地:先日、とある店で「ソフトジャケット」という言葉を耳にしてそのうちに「ソフトジャケット」がフォーマルになる時代もくるかもしれないと思いましたね。

渡辺:そうですね。ジャケットそのものがフォーマル性を持つかもしれないですね。

菊地:だけど僕は思うけども、やはり得手不得手ってあるじゃないですか。得意技を持っているなら、それを徹底的にやることですね。僕は、それが一番だと思う。銀座にはそういったお店が沢山ありますね。

渡辺:得意技というのは専門性であり、やはり専門店の意気込みというのはすごく大切なことだと思います。

菊地:質の分かる人は分かる。だからいらっしゃるんですよ専門店へ。
 せまい路地の壁にピンポン球をポーンとぶつけると、ポンポンポンポンポンと、いつまでも行ったり来たりしているけれど、最後はポンと落ちてきますよね。あれと同じで、ポンポンポンと行くけれど、やはり最後はここへ行くと。

渡辺:落ちるところに落ちる。自分の得手不得手が分かっていないと、ポーンと飛んでいってしまう。

菊地:でも、得手不得手に溺れては駄目ですよ。やはり得手不得手を相手に分からせる方法を考えないと。そこが人生の夢です。ロマンですよ。

渡辺:相手に、お客様に分かっていただく。自分の中で悦に入っていないで、共感してもらはないとダメですね。

菊地:お客様も銀座の新しい人たちも含めてね。よろしく頼みますよ。若手のホープだから。

渡辺:恐縮です。先日お客様からこんなお話をされたんです。「ひと昔前の人の顔が見える買い物がしたい。最近そういう商売をされている店が少なくなってしまって、とても寂しい。そういうお店で買い物がしたいんだ」と。

菊地:それは我々が商人になり切れていないんですね。商人って、そんな生易しいものじゃないんですよ。だから、お客様にしてみたら面白くないんだと思います。

渡辺:本当はそうして欲しいとおっしゃっておられて、何かうまくできていないんだなと思いました。

菊地:僕なんかからすれば、やはり新ちゃんたちの世代は新ちゃんたちの世代で、それぞれ特技を持っていると思いますよ。僕たちにはないものを持っているし、もっと下の人たちにないものもあるんです。
 やはりそのジェネレーション、ジェネレーションで持っているものというのは絶対ありますよ。

渡辺:ありがとうございます。これからも商売人になれるように修業してまいりますので、今後ともご指導をよろしくお願いします。
 本日はお忙しいなか、本当にありがとうございました。

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