銀座人インタビュー<第4弾>
銀座にゆかりの深い「銀座人」たちに弊店渡辺新が様々なお話しを伺う対談シリーズ。普通では知ることのできない銀座人ならではの視点で見た、銀座話が満載です。

銀座人インタビュー〈第4弾〉国際都市、下町、銀座が見せるふたつの顔
銀座やす幸 石原 壽会長

昭和8年創業。銀座でおでんと言えばまず、やす幸さんの名が挙がるのではないでしょうか。 幼少の頃は、銀座にお住まいにもなっていらっしゃった石原様は偶然にも壹番館と同い年でした。長い間その目で直接ご覧になってきた銀座は、どのように映っているのでしょう。銀座の多面性が垣間見えるお話しです。ご一読ください。

新陳代謝する銀座

石原:新さんこのたびは壹番館さん80周年まことにおめでとうございます。

渡辺:ありがとうございます。 お客様や銀座の街に支えられて80年を迎えることができました。
 やす幸さんももうすぐ80年でいらっしゃいますよね。この70〜80年で銀座の街も様々な変化を遂げてきたと思うのですが。

石原:そうですね。まず、銀座に住んで銀座で商売して、という方が少なくなったんじゃないですかね。私なんかも1階が店で2階に住んでいましたから。

渡辺:店だけに変わっていったのは、戦争以降ですか。

石原:そうですね。戦争で散り散りになってしまいましたからね。戦後はまだ住んでいる人も多かったですが、どんどん少なくなってしまいましたね。

渡辺:銀座に今、ファーストフードやファストファッションなどいろいろなお店が出店されていますが、どのように感じていらっしゃいますか。

石原:昔から低価格でご商売をやられるところは何軒かありましたよ。それは、今みたいに目立たないけれども銀座通りにもありましたし、決してなかったわけじゃないですよ。

渡辺:でもそれは、昔からのお店ではないわけですね。そういったお店は長く続くものなのですか。

石原:昔からのお店じゃないですね。銀座というのは、厳しい面も持ち合わせていてやはり続かないお店もたくさんあります。3年持てば次は5年、5年持てば10年持つとよく言われましたよ。1年、3年、5年、10年。

渡辺:10年頑張れればそのままずっと行くということかもしれませんね。やはりこの街で商売を続けるということは大変なことだと思います。

石原:銀座というのはそういう点でよくできていて、長ければいい、古ければいいというものじゃない、銀座の歴史自体がせいぜい100年、150年ですからね。だいたい今、古いところでは70〜80年の人が多いですね。あとは戦後65年だから、やはり新しいお店が入ってきていいんでしょうね。

渡辺:新陳代謝が必要なんですね。銀座は確かにフィルターはありますけど、排他的ではないですよね。よそ者をきらうとかそういう話はないですね。

石原:それはもう、どちらかと言うと、新し物好きですよ(笑)。だけど価値がないと駄目です、それを見極める目を銀座のお客様は持っていらっしゃいますから。

渡辺:今は時代に合わせて、ある程度低価格なものを売らなければならなくなっていますが、それでもその商品にしっかりとした価値がなければ長くは続かないということですね。

石原:そうです。だから、銀座というのは、新しい方たちにも支えられているわけです。

渡辺:そうですよね。入ってくださらないと、成り立たないですね。「老舗だけで行くんだ」というのは、銀座にはあまり合わなそうですね。やはり新しい人が来る、そして、変わるという新陳代謝が必要なんですね。出店したくないと言われてしまったら、お終いです。

石原:そう。もう銀座に出たってしょうがない。家賃だって何だって高い「そんなの、やれないよ」となってきたら、アウトですからね。
 そうならないように街も頑張らなきゃいけないですね。

渡辺:雑誌などで銀座イコール高級といったニュアンスで紹介されますが、それは昔からのイメージなんですか。

石原:やっぱり銀座は昔から高級です。それは変わらないですね。銀座はよそ行き。特に銀座通りは、ドレスアップというものがあったと思いますよ。
 裏や横丁へ入ると気安いところもあるけれどね、銀座通りはやっぱりちょっと構えていますね。
 子どもの頃、僕は地元といえども銀座通りはあまり歩けませんでした。

渡辺:ちょっと遠慮してしまうものなんですか。大人の街という雰囲気を持っているんですね。

遠藤 彬 銀座やす幸 石原 壽

早稲田大学卒業後、(株)石寿に入社。 社長を経て2001年会長に就任。 料飲組合など各種の団体の役員も歴任。 趣味のゴルフは皆が認める腕前。

石原:何か、子どもがウロチョロするようなところじゃないというのが、先入観にあったんでしょうね。
 だから野球するのも遊ぶのも、勝鬨橋を渡って月島まで行っていましたよ。または佃の渡し船、佃大橋ができるまでは渡し船に乗っていました。
 あと小さな頃に銀座で印象にあったといえば、やっぱり和光の時計台や街の柳です。あの辺はとても想い出にに残っています。

渡辺:そのころの柳はとても大きかった印象があるのですが。今はみんな切ってしまって、風情がなくなってしまいました。

石原:そうですね。交通障害だとかでね。残念です。情緒があってとても好きだったんですよ。

渡辺:銀座の柳というのは、やはりとっても印象的なものだったんですね。

石原:いいものでした。ひとつの象徴でもあったと思います。今も時々、ああ懐かしいなと思いますよ。

渡辺:「懐かしの柳」なんて銘打って、所々に置いたらおもしろいかもしれませんね。

国際都市としての銀座、下町としての銀座

渡辺:先ほど「銀座の裏や横丁」といったお話しがありましたが。

石原:そうですね。銀座には「格好いいよそ行きの銀座」と「下町の人情的な銀座」があるんです。僕の子供の頃は、よく友達と一緒に銭湯に行ったんだけれども、そこでワイワイやってしまうんですよ。

渡辺:すると、ガツンと怒られてしまう(笑)。

石原:大工さんだとか、いろいろな職人さんがいたんでしょうね。ちょっとバタバタして体も洗わないで入ったら、一喝です(笑)。そういうマナーは、銭湯で教わりました。

渡辺:銀座は職人さんが結構多かったみたいですね。そういう人たちに銭湯でマナーを教わる。お説教と共に(笑)。

石原:学校が終わって帰ってきて、やることがないから風呂へ行くわけですよね。みんな来るじゃないですか、学年も関係なく集団で風呂場で遊んでいるわけです。それは怒られますよ(笑)。

渡辺:面白いですね。下町的な温かさみたいなものが、しっかりと根付いている。

石原:考えたら、面白いですよね。だから、今でも、私は風呂が長くて困っているんですよね。遊んでいるから(笑)。

渡辺:(笑)。

石原:銭湯での話もそうですが、やはり人付き合いがあるわけです。戦中は隣組、消防団なんかが行政によって組織されましたでしょう。だから、空襲で火事が起きたら子ども大人にかかわらず、隣近所一緒に消すといったお達しも来たし。うちなんかは、「何かもらったら、隣へ持っていけ」というようなものはありました。

渡辺:いいですね。いわゆるおすそ分けですね。

石原:はい。それに、誰かが病気になれば、ご近所さんがすぐに走ってきましたしね。人間関係としてはちょっくら面倒くさいところもあるんですが、それが当たり前だと思っていましたね。

渡辺:今伺ったお話は、やはり住んでいてこそ、見える、感じられる銀座の顔ですね。

石原:銀座というところは、裏や横丁へ行くと下町っぽくなっていて良い意味で表とは違う顔を持っているんです。

渡辺:一歩入るとひと味違う、人とひととの繋がりのあるちょっとこってりとした顔がある。

石原:だから、銀座というのは一種の国際都市みたいでいながら、下町のような要素を含めているんですよね。そういった面も面白いところだと思います。

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銀座の商売

渡辺:よく京都の商売人、大阪の商売人、近江の商売人などと言われますが、銀座の商人というものはあるんでしょうか。銀座の流儀とでも言いましょうか。

石原:銀座の原点。やは本物が分かる人を求めていますし、お客様もそれを求めて来ていると思います。
 「本物志向」が銀座にはあると思います。

渡辺:それは値段が高い、安いではなくて。価値とそれに見合う価格かという事でしょうか。

石原:やはり価値のあるものは高くてもいいと思います。だから、僕は銀座で商売をやっていて、うちの連中に、「このくらいのことは分からないだろう」ということは絶対駄目だ、ということを言うんです。それは商売をやっていく中で教えられました。
 世の中には、価値のわかる人とそうでない人とがいるけれども、価値のわかる人ばかりを相手にしていると思っていないといけないんだと。確かに我々だったら「味」、壹番館さんなら「仕立て」に対してお値段が高くてもいいと思ってくれる人もいるだろうし、そうでない人もいる。価値と価格をしっかりわかってくださる方がどのくらいいらっしゃるか。半々、もしくは今はもっと少なくなってきているかもしれない。それでも、皆さんは全部そういうことはわかっていると思って、常に接しなきゃいけない。

渡辺:わかる人に基準を合わせるんですね。「このくらいは分からないだろう」は駄目ですね。

石原:これは不思議なもので、少しでも手を抜いたらそれが伝わってしまうんです。

渡辺:それはとても怖いですよね。

石原:これは僕の話なんですが、よく一人で食べに行った店があったんです。で、ある日「あれ?」と思って、店員に「厨房、変わった?」と聞いたんです。

渡辺:ええ。

石原:そうしたら「いや、大丈夫です」と言うんですよね。しばらくしてまた行ったんですがやっぱり「変わったな」と思ったから、それから行かなかったんです。そしたら、そこでよく会ったうちのお客様がいるんですが、そのお客様がいらっしゃった時に、「行かれてますか?」と聞いたら、「あそこ厨房変わったよね」とおっしゃるわけです。「いや、参ったな」と思いましたよ。

渡辺:食のプロというわけではないんですよね。それでも伝わってしまうんですね。

石原:こう言っちゃ悪いけど普通の方ですよ。だから、そのとき言ったんです「よくわかりましたね」って(笑)。「いや、やっぱり何か違うんだよな」と。
 ゾッとしましたね。

渡辺:(笑)。

石原:今度はわが身ですね(笑)。自分だけが作っているなら、自分自身がしっかりやればいいけれど。店のみんなにもわかってもらわないとね、つい「このくらいはいいだろう」ということになりますからね。

渡辺:気の緩みというか、安心しきってしまうことは怖いですね。

石原:目を光らせることも大切です。自分で全部はできないんだから。

渡辺:そうですね。

石原:お客様というのは、やっぱりすごいなと思います。だから、お客様は神様だとか調子のいいことを言っていたって駄目なんです。どうやって納得してもらって、理解してもらって、お代を頂戴するかでしょう。

渡辺:口先ではごまかせないですよね。

石原:駄目駄目。今はいっぱいいますよ。もっと安ければとか、ちょっとインテリアを良くする、お世辞を言う、いろいろなことがありますよ。だけどそれだけでは駄目です。やっぱり売るものがきちっとしていなきゃいけない。

渡辺:価格に見合う価値を見いだしていただける仕事をしていないといけないということですね。

石原:今、僕が気になっているのが、銀座にいい番頭さんが少なくなったんじゃないかなということです。

渡辺:ものの価値やお客様の背景を踏まえて、アドバイスできる人ですね。例えば靴でも、洋服でも、ネクタイでも、そのお客様に対してより良いものをお薦めできる。

石原:そう、ちゃんとお客様に合ったものをね。
 その昔、財布を買おうと思って、先輩の番頭さんのところに行って「これ、いいですね」と言ったんです。そしたら、「銀座の若旦那がこういう財布を買ってはいけません」と言われてしまったんです。

渡辺:はっきりとアドバイスを受けた訳ですね。

石原:「これはビジネスマンとか、そういう方たちが持つもので、あなたはこっちを買わなきゃいけません」と。それは1割か2割ぐらい高いんだけれど、お金じゃない。「あなたはそういうのを持ってはいけません」。銀座の若旦那が持つものではないと。

渡辺:らしくないということですね。

石原:そう。「こちらのこういうものを持ちなさい」と言われたんです。そのとき、やっぱり大したものだなと思いましたね。

渡辺:そうですね。そういうところで自分自身も教わりますね。それってセンスとはまた違う話ですね。

石原:何ていうのかな。その方に経験と自信があるんです。
 実際の話、「おれはこういう靴が」って、「いや、それよりもこちらのほうがあなたには似合いますよ」と言ってくれる人はありがたいですよね。そういう人が少なくなりましたね。
 いい番頭さんがもっと増えてくれればと思います。デパートも、もっといいアドバイザーが増えればいいんじゃないかなと思うんですよね。

渡辺:ものの売り買いだけではない、店とお客様との繋がり、信頼関係を築けるようにしないといけませんね。

石原:そう。そしてそれを学ぶのは、あくまでも現場なんです。よく刑事さんが現場100回と言うじゃないですか。現場にはうそがないですからね。

渡辺:商売も一緒ですか。

石原:そうです。何と言っても、現場での経験は何にも代えられません。

渡辺:先日、びっくりしたんですけれど。やす幸さんは、朝7時前に電気が点いていらっしゃいますよね。

石原:出汁を作りますからね。

渡辺:治安のために点けているんだと思ったら、「いや、あの時間から火を入れなくちゃ、間に合わないから」と言われて、夕方の開店に合わせるために、朝から火を入れる。

石原:出汁というのは、時間がかかるものなんです。どんなに火を強くしたってそれは駄目です。やはり何時間、全部の出汁取るのにかかります。

渡辺:そうなんですね。だから朝早くから。

石原:何とかの素をポンと入れれば、似て非なるものはできます。でも、自分が納得できるおでんはできません。やはり駄目ですね。

渡辺:やはり現場主義ですね。

石原:最近はおでんもコンビニさんがやっていらっしゃいますが、大変だと思うんです。だけど、いい意味で、やっぱり売ってもらったほうがいいと思うんです。

渡辺:いい意味でですか。

石原:おでんというものを我々が宣伝しなくても、宣伝してくれているわけだから。

渡辺:そうですね。広告せずにおでんというものの裾野は確実に広がっていますし、外食分野として認知されましたよね。

石原:そう、これは大きいですよ。でも、やっぱりうちのものと中身は違いますよ。
 10個で700円とか800円とか、それをパックから開けて召し上がるわけでしょう。それなりだけど、おでんにもっともっと親しんでもらえれば、それでいいと思います。

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