「自然の草や木から命を頂いている」という感謝のもとに丁寧に丁寧に採取した草木の色で糸を染め、その糸から織り上げられる紬はまさに芸術作品。
染織作家で重要無形文化財保持者(人間国宝)でおられる志村ふくみ先生、ふくみ先生のお嬢様で、同じく染織作家の志村洋子先生、豊かな感性と溢れる創造力から生み出される両先生のお話をお楽しみください。
渡辺:最近、お着物を販売されるシステムが変わりつつあるというお話を伺いましたが。
志村洋子(以下、洋子):ええ。今までの問屋システムがもう崩れてきているんです。それで今回、自分たちでお客様に向けて販売していこうと考えているんです。
志村ふくみ(以下、ふくみ):やはりそれには自信がないとできないですよね。自分たちだけでやって、全然顧客がなかったらできないですからね。それを今回初めてやるので、カタログを作ろうということになって。
それには作品、商品ということを少し割り切ることが必要なんです。精魂込めて創りあげるととても愛着がわいて、これは作品であってお金で売買をして欲しくないという心が生まれるんです。でも本当はどこかでお金を頂いているわけですよね。
洋子:そうなんです。そこがとても曖昧だったので、作品づくりは作品づくり商品は商品と、ある程度自分の中ではっきりさせて、カタログに掲載する立派な商品を作っていこうとけじめをつけたんです。
渡辺:先生方のお気持ちの中で。これは作品これは商品となると、何か変わる部分はありますか。
洋子:良いものを生み出そうという気持ちは全く変わりませんが、自己主張は抑えますね。
ふくみ:それと志村流というか、志村の定番みたいなものを作っていこうと思っています。
渡辺:ああ、いいですね。得意技というか。
洋子:ええ。うちだけの得意技というものを何点か出していきます。
梁:お弟子さんの作られるものもそうですが、以前は先生方のお着物はすぐにわかったのですが、このごろ同じような雰囲気のものが多くて・・・。
ふくみ:よりお上手で綺麗に作っていらっしゃるのね。
洋子:あまり上手すぎるのはうちのではないんです。
ふくみ:そうなんですよ(笑)。
渡辺:揃いすぎていて、味がないですね。
洋子:それで今回の商品化にあたって、ちゃんとタグかサインを入れようと思っているんです。
本当に似通っているのが多いし、それからホームページも同時に連動するように作るつもりです。
渡辺:絣などが揃いすぎてしまうというのは、なぜそうなってしまうのでしょうか。
1924年 | 滋賀県近江八幡市生まれ。 |
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1941年 | 母より初めて機織りを習う。 |
1955年 | 植物染料による染色を始める。 |
1983年 | 京都府文化功労賞を受賞。 『一色一生』で大佛次郎賞受賞。 |
1984年 | 衣服研究振興会衣服文化賞を受賞。 |
1986年 | 紫綬褒章を受章。 |
1993年 | 文化功労者に選ばれる。 |
1990年 | 重要無形文化財「紬織」保持者(人間国宝)に認定される。 |
洋子:それは、自分の情感が入っていないからですよ。
人間の情感というものは揃わないものなんですよ。
ふくみ:ずれが生まれるんですね。
私たちは情感で織りますから、揃いようがないんです。例えば絣がピシャッとしてしまうようなら、絣でなくてもいいんですよ。
渡辺:なるほど。
手で織らなくても、機械で織ってもいいわけですね。
ふくみ:そうなんです。ずれが生まれるからそこに情がわいて、見ていてもホッとするわけです。でも、そのずれかたがあるんです。現実的にガーッとずれてはだめです(笑)。
ある程度必然ですね。もう揃うはずがないものを、皆さん苦心して揃えているんです。でもわたしたちは自然に織ればスーッとずれていく、そのずれが何となくゆらいでいて、見ていて気持ちがいい。
渡辺:そのずれは無理して合わせようとしない、ということですね。
洋子:そうです。何でもそうなんですよ。手の技、心の技が合体しないと。
ふくみ:ゆらぎがないとね。ちょっとためらってスッ、ためらってスッ。こういう感じなの(笑)。
渡辺:それはやっぱり情感不足というか、気持ちの違いが表現されていない。
ふくみ:そうですね。それで、だいたい織りでぼかしは今まであまりないんですよ。お染めはぼかしがありますね。けれども織りながらぼかすというのはあまりないんです。
渡辺:京都の方は皆さん真似ることをとても嫌われるように感じるのですが、独自のということに、とてもこだわりを持っていらっしゃるのは、京都の性分かと。
ふくみ:そうかもしれません。こだわりますね。
渡辺:またお客様も多分こだわりを持っていらっしゃるでしょうし。
洋子:ですので、うちがシステムから自由になることは、迷っている人にとって自分たちにもできるかもしれないという指針になっているのだろうと思います。作家も産地も、やはり一番最初に作っている人間はずっと痛い思いをしてるんですよね。
渡辺:痛いというのは、技術的な壁ということですか。
洋子:それもありますけれど、経済的にもね。
梁:一番手をかけてる職人さんが、一番苦労されているという。
洋子:要するに売るのが本当に大変なんです。作るのも大変だけれど、売るのも一つのテクニックで大変なんですね。
渡辺:金沢の漆器の木地屋さんは大変そうでした。
蒔絵の方は比較的良い環境でお仕事をされているのですが、木地師の方は寒風の中、おがくずだらけで作業をされていらして。
洋子:うちも自分たちで染めて織って全部形にまでしているので、その大変さは本当によくわかります。お客様の手に渡るまでの中継点が少なければ、それだけお安く提供できますしね。
梁:そうですよね。
ふくみ:でも、やはり専門的な方に売っていただくことでひとつのブランドになりますからね。
渡辺:工場で機械を使って量産しているものであれば、誰が売っても同じものがお客様の手に渡りますよね。しかし先生方のお仕事のように、日々の情感によっても出来が違っていたりその苦心や草木との対話といったストーリー満載のお仕事だと、やはり直接お客様と接した方が作品・商品に対する気持ちをしっかりと伝えられますよね。
ふくみ:その通りなんです。お客様との対話の中で「この色はこうしてこの草木で染めたんですよ」と言うと、より作品の深みが増すんです。呉服屋さんも一生懸命練習していらっしゃるけれど、それは伝わり方が違うと思います。
渡辺:やはり先生の本を読ませていただくと見えてくる、商品のまわりにある膨大な世界というのは、作り手の方でないと説明できないですよね。
洋子:今、私たちがやっている植物染料というのは、地球そして植物から頂いているという背景があるわけですから、我々の着物を着てくださる方にはそれをお伝えしたいわけですよ。
漢方薬と一緒でこれはやはり体にいいとか、気持ちが安らぐとかありますからね。
渡辺:やはり染料である草木から伝わってくるエネルギーは相当大きいですか。
ふくみ:そう感じますわね。だから私、元気でいられるんだと思いますよ。草木から力を頂いているから。その空気を吸って、染めているんですからね。
梁:そうですね。
ふくみ:うちに来ている若い人も、みんな元気になりますよ。
渡辺:やはり天然のものというのは、自然のお薬ですね。
ふくみ:本当にそうなんです。
人間国宝志村ふくみ先生と洋子先生。 お二人との素晴らしいご縁に恵まれ 現在、手織りの紬地で試作・研究中のベスト。 お二人の素晴らしい詩的な世界を拡げていけるよう 日々努力してまいります。ご期待ください。 |
ふくみ:私が40年以上も着ている着物。本当にどこに行くにでも、自分の肌のように着ていますよ。どんなパーティーでもそれを着て行くんです。
着るものの真骨頂とはそういうものではないですかね(笑)。
渡辺:すべからく全てのものが長く伝わっていくという。
ふくみ:今は消費の時代といいますけれど、実は根底にはそういうものの命が大切ですね。
渡辺:そうですね。全部使い捨てだと味気ないですものね。
ふくみ:そうですね。情がこもらないもの。「あの時にこれを着ていたのよ」など、思い出も重なっていきますよね。
梁:そういうことってありますよね、音楽と一緒ですね。あの時代はこの音楽だったとか。
ふくみ:「この着物の時にあの方に会ったのよ」とか、あるじゃない(笑)。
渡辺:ものと気持ちとがピタッと合う。
ふくみ:そういう時代がどんどん薄れて、今はもうなくなっているように感じますね。
渡辺:先日お話に伺った、京都まで行って先生のお話を聞きながらお仕事をお願いした方がいらしたというのは、とても感心させられることで、その方もそのお仕事のことは一生忘れないですよ。
洋子:結局うちは祖母からこういう仕事をしていて、もともと織物問屋や織物をやっていたとか、そういうつながりなしにこの染色を三代やってきているんですね。その中で培ってきたものを、私たちなりに強く持っているんです。
渡辺:形をある程度保ちつつ、変容しながら新しい文化を取り入れ、継承していくということが必要なんですね。
ふくみ:それとやはり時代の流れで着物を着る人が減っています。お洋服だったらずっと着られるけれど、着物はどんどん縮小されています。
渡辺:しかしスーツも今は、着なくてよくなってしまっているんですよ。ですからお着物とまったく同じ状況だと思います。特別な時に着る服になってきているんです。
ふくみ:サラリーマンの方などは皆さんしっかりと背広を着ていらっしゃるのかと。
渡辺:最近はそうでもないようです。特に夏はクールビズでポロシャツですから。
洋子:今後のことはどうお考えになっていらっしゃいますか。
渡辺:そこなんです。先生のお宅にお邪魔してお話を伺うのも、やはり制服として着物を着ている人は今ほとんどいなくて、皆さんお好きでひとつの趣味としてお召しになっているわけですよね。今はスーツもそういう商材になってきていますね。
ふくみ:そう伺うと着物と似てきていますね。
これからは特別な日のための、ということになるんですね。普段着のビジネスという感覚ではなくて、自分のハレのための。
渡辺:一張羅ですよね。
梁:お決まりがないものですものね。ちょっときょうは歌舞伎に行くから何かお洒落をしようとか。
洋子:ドレスコードがほとんどありませんよね。
渡辺:楽でいいこともあるんですけれども、先ほどおっしゃっていたように、何か気持ちがスッと上がるとか晴れやかになるという機会がどんどん減ってしまって寂しいですね。
洋子:壹番館さんも、お父様から息子さんに受け継ぐときには、お若いだけに新しい考え方をお持ちですよね。その分、色々な方との接触もあるし、どんどんそういうことを吸収される。それがとても大事なんですよね。
渡辺:おっしゃるとおりですね。
ふくみ:必然としてそうなっていく。それで変容するのが伝統を守ることなんですよ。
渡辺:結果として変容していくんですね。何代続いていようと、形だけの伝統の継承では、意味がありませんものね。
壹番館が幸せなのは、ここで作っていることなんです。直接お客様とお話しをして、裁断し、仮縫いをし、縫製をしている。京都にお邪魔して素晴らしいと思ったのは、かめの中に染料があって染めるところから同じ場所でされている。それでお二階に上がると織機があり、何も嘘がないじゃないですか。本当に素晴らしいですよね。
洋子:糸も紡いでいますしね。それがやっぱり生きて継承していくということですね。
ですから変容していくにあたっても、変化しなければならないにしても全部見て知っているから、どこがどう変わっていくかわかりますからね。だから守る必要は全然ないというか。
渡辺:状況に合わせて
洋子:守りに入る必要がないです。
ふくみ:保守的にならなくていいんですよ。革新的にやっていったらいいんです。