銀座人インタビュー<第14弾>
銀座にゆかりの深い「銀座人」たちに弊店渡辺新が様々なお話しを伺う対談シリーズ。普通では知ることのできない銀座人ならではの視点で見た、銀座話が満載です。

銀座人インタビュー〈第14弾〉カウンター越しのコンダクター
日本料理 三亀 二代目店主 南條勲夫様

和食

渡辺:今はもう無いお店なのですが、美味しくてよく通っていたんですが、本当に美味しい日と、そうじゃない日とすごい振れ幅があったんです。
 というのは毎回、決まった焼きそばばかり食べていたんで、味も覚えるじゃないですか。すごいんですよ、落差が。でも、美味しいときのイメージがあるから行ってしまうんですけど、なんでそういうことって起きてしまうんでしょうか。

南條:それは絶対に起きちゃいけない。プロフェッショナルというのは、ずっと同じでないといけないの。

渡辺:一定以上じゃないといけないですよね。

南條:そう。僕の専門外だからわからないけれど、絶対にあってはいけないことですよ。我々の和食の世界では、美味しくないというのは材料が悪いということなの。

渡辺:やはり仕入れはとても大事なんですね。

南條:仕入れ8割だよ。だから惚れ惚れするようなマグロは、錆びたナイフで切ったって美味しいよ。でも、どうにもならないマグロは、どんなにきれいに研いだ包丁で切ったって不味い。

渡辺:8割が仕入れ、残りの2割で工夫を。

南條:その2割でより美味しく、きちっとした包丁で刺身を切っているからみずみずしくなるけれど、味そのものだったらぐちゃぐちゃに切ろうが、スパッと切ろうが、目をつむって食べたらわからないと思う。

渡辺:切り方によって味は変わるものですか。

南條:変わりますね。それはね、切り方というのは厚みなんだよね。このマグロは大きいから少し薄めに切ろうとか、小さいから厚めに切ろうとかね。

渡辺:厚さのコントロールで味を。

南條:だと思いますね。完成されてるんだね、ああいうものって。

渡辺:収まりのいいカタチになっているんですね。お料理はお刺身や煮物、いろいろと種類がありますが何が難しいですか。

南條:煮物が一番難しいと思う。板前さんは、花板さんって刺身だけどそれは包丁の使い手。さっきの話じゃないけど、素晴らしいマグロはそんなに包丁研がなくたって美味いよ。でも、お吸い物や煮物は、味付けが不味かったら、もうどうにもならない。味を付け損なったら直せませんから。

渡辺:もう出すしかない。

南條:いや、それは出せない。サッと味付けして「美味いなあ」と思えた時が一番うまいんだよ。出汁がちょっと薄いとか、味がちょっと濃すぎたと出汁で割ったりした時は、美味しくならない。

渡辺:絵もそうかもしれないですね。こてっと書けば格好いいんでしょうけれども、こねくり回すと。

南條:そうそう。線がね、弱々しくなるとか強すぎるとかね。サッと1回で引いた引かない。だと思いますね。

渡辺:その為に、みんな迷いなくできるように毎日トレーニングするんでしょうね。やはり時間なんですね。

南條:そう、時間。こればかりはごまかせない。

渡辺:先ほどの石原さんの話じゃありませんが、人生も人生の出汁がしみてこないとわからない味ってあるのかもしれないですね。50年の味と70年の味って違うんでしょうね。

南條:人生の味わいは、そういうものだと思う。産経新聞だったかな、時の記念日にイシイヒデオという人が書いてた。「1年という時間は誰にも同じ長さでございます。でも人それぞれでもう1年、また1年、人生の味わいを増せば増すほど1年が短く感じるものでございます」と、うまいことを書くなと感心しました。

#

銀座

渡辺:銀座という場所は、様々な世代の方にお会いする機会があって幸せだなと思うんです、色々なことを教えていただける場がある。

南條:それは、それを受け入れる感性をあなたが持っていらっしゃるからそう感じるわけで、私は絵描きさんとのお付き合いがあるけれども、絵描きさんというのは、自分の感性を絵というカタチで投げかけるわけだけど、受ける側がそれを受け止めるキャッチャーミットを持っていないとパスボールになってしまう。だから感性をしっかり受け止めるためのキャッチャーミットを持っているということは大事なことなんだよ。

渡辺:投げればいいというものじゃないんですね。

南條:投げても自己満足でキャッチャーミットに収まらないものもいっぱいあるし、おれはまだキャッチャーミットを持っていないのかなって思うこともあるだろうし。
 日本の文化は一流の文化だっていうけれど、見立て遊びという言葉があって、余白美みたいに何も書かない。それに色々なものを感じる。それが見立て遊びってやつだろうね。それは日本の文化の特徴じゃないかしら。非常に抽象的ですよ。

渡辺:ということは、やはり日本の文化というのはある程度の体験量がないと理解できませんね。
 お料理屋さんでは季節のものが出ますが、季節の体験というのでしょうか。しっかり心がけていないともったいないですね。

南條:うん。山椒が一つぽっとついてる、いい香り、春だよな。ゆず、秋だよな。暑い暑いといっても、もう柑橘類の時期だよな。これも心の遊びですよね。

渡辺:そういう遊びがあるんですね。その深さまで入っていかないと、何かを感じ損ねてしまいそうですね。

南條:遊びって大事なんだよ。遊びといっても、べつに何も暗いところで遊ぶことが遊びじゃないんだよ。さっきの余白遊びじゃないけどね、心の遊びって難しい。

渡辺:そうですね。その間をちょっと保てるようにしたいですね。

南條:それがね、あまり関係ないけれどジョン・ケージという音楽家がいるよね「4分33秒」で有名な。始めから終わりまで一切ピアノを弾かないんだよな。無限の音が広がって素晴らしかったって。馬鹿言ってんじゃないよと思うけどさ、それはもう空間、音のない音。そこまでいっちゃうと面白いけれど、なんだかもうスピードが速すぎて追いつかないよな。
 明治さんともよく話すんだよ。素人よりも洋服屋の私の方が生地には詳しい、おれたちよりも羅紗屋の方がもっと詳しい、羅紗屋よりも糸を撚っている人の方がもっと詳しいと。元に行けば行くほど詳しいんだよな。その大元までたどり着いて研究するほど時間がない。そこまで研究して「この生地が一番なんだ」と商売をしたいだろうけれど、それをしていたら人生が終わっちゃう。

渡辺:そうですね。でも南條さんはよく旅行に行かれたり、また銀座のいろいろなお付き合いでお店に顔を出したりして、品物の仕入れとは違う豊かな別の引き出しを増やすことをしていらっしゃいますよね。

南條:そうだね。

渡辺:よその店に行くことは大事なことなんですか。

南條:大事なことですよ、必ずみんないいところがあって、いいところは素直に吸収する。
 はっきり言えることはね、銀座というのは間口が狭くて奥行きが深い、要するに専門店の集団であると思うんです。三亀でカキを使っています。じゃあ、カキフライ作ってよと言われても「うちにはカキフライはございません」とはっきり言い切れる。カキフライを召し上がりたければ洋食屋さんに行ってくださいと、それは言えなきゃいけないと思う。

渡辺:そうですね。できないことがしっかりとわかっていないといけないですね。

南條:だから、そうやって間口が狭く、奥行きが深い商売を心がけるようにはしていますよ。いまハモはどうなのと。いやあ、徳島のハモはいいですね。でも、正直にね、うちは大分からものを持ってきてるんです。こんなちっぽけな店でハモはどこ、何々はあっちなんてことは難しいから、大分から来ているハモですよと正直に言うんだよ。でも本当言うなら、やっぱり徳島がいいんだよね。頭が小さくてね、骨がやわらかくて品物はいいんだよ。それをちゃんと正直に話す。

渡辺:そうですね。

南條:だから正直で素直になりたいと思ってるの。いくつになっても謙虚さって必要よ。

渡辺:そういう気持ちがなくなってしまったお店はズルズルっと。

南條:駄目だね。うん。

渡辺:お料理屋さんでも、こう、上がったり下がったり。そういうものですか。勉強熱心なお店は下がりづらいですか。

南條:でしょうね。真剣に取り組んでいる店はね。それから時流に乗った店というのは下がるだけだね。だから芸能界ではね、トップを走るなって。2番目がいいっていうんだよ。ずっとトップで走るって、大変なことだよ。つまりトップは落ちてしまうでしょう。

渡辺:止めどもなく。

南條:トップは、最近、人気が落ちたねって言われちゃうんだ。二番手にいるやつは風下だから一番いいんだって。

渡辺:ああ、そうですか。金座じゃなくて銀座でいいんですね。

南條:そうそう。

渡辺:銀ぐらいがいいんですね。

女将さんもご主人とご一緒に
お店に出ていらっしゃいます
女将さんもご主人とご一緒にお店に出ていらっしゃいます
昼/12:00 〜 14:00
夜/17:00 〜 22:00
定休日/日曜・祝日(7月・8月土曜休み)
中央区銀座6-4-13 KNビル1F
TEL. (03)3571-0573
日本料理 三亀

商いの距離感

南條:やはり嘘が先行するような商売したくねえな。

渡辺:それはちょっと寂しいですね。

南條:長続きしないよ。

渡辺:落ち着いて寝られませんね。

南條:嘘をついて商売したってしようがない。日計表に“寒かった”“猛烈に風が強かった”“雨が降った”・・・。暇な理由しか書いてないんだよ。それで私、帝国ホテルの人におたくはどうやってんのって聞いたら、忙しかった理由も書きますよと。ホテルの場合、結婚式が何件あったとか、何々の会があったとか書けるけど、私たちの場合それがないから忙しい理由ってわからない。だから書きようがないんだよ。出てくるのは全部暇な理由。(笑)

渡辺:毎日面白いですよね、仕事。

南條:だけど、うちなんか典型的な水商売だよ。
 しかしね、あまり言葉遣いがキチッとしてるっていうのは、人を遠ざけるよな。

渡辺:あんまり固すぎてしまうと、冷たく感じますね。

南條:「そうでございます」「承りました」なんて言ってるとね。

渡辺:許される範囲のゆるさが必要なんでしょうね。

南條:そうそう。こう暑いと、もう洋服なんか売れませんよぐらいな、限りなく親しい距離っていうのは必要だよね。

渡辺:そうですね。距離感ですね。言葉の距離感ってありますね。

南條:だからね、限りなく近くに。でも、触った瞬間にパットはねられるの。おれは友だちじゃないよと。限りなく近く、でも触らない。これが銀座の商いだって思うんだよ。

渡辺:触ってはいけない、でも限りなく近くに。面白いですね。
 遠巻きじゃ、商売にならないですものね。

#

南條:もうお客さんに、本当にいつもお世話様、本当にお世話様、限りなく近くにね。そういう商売をしていきましょう。

渡辺:本日はお忙しい中、本当にありがとうございました。
 今後ともご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い申し上げます。

銀座人インタビュートップへ