豊子:昔はお米をお店に持って行って握ってもらったそうです。
利勝:戦後は統制でお米を売ってはいけなかったので、お米を持って行ってお米と交換。塩や砂糖、そういうものも普通に売れないですから、新橋の闇市に買いに行ったと聞きますね。
渡辺:うちも戦後は洋服なんか売れるはずもなく大変だったようで、米軍の将校さんのワッペンを付けたり、その人たちの洋服を直して食いつないでいたんですって。同じ話をヤナセの会長に伺ったら、もちろん車なんて売れないから、板金屋さんは鍋をたたいて作ったり、内装屋さんは草履を作ってそれを梁瀬会長がリヤカーに積んで新橋まで売りに行って食いつないだという話をしていました。
利勝:靴直しで思い出しましたが。昔、靴直し屋さんがたくさんいましたよね。でも当時は革がそんなに無いですよね。そこでスルメイカを使っていたのご存じですか。
渡辺:イカで。イカ靴ですか。
利勝:靴の底の貼り直し。雨が降るとふやけてくるんですって。で、何か生臭いなと思うとスルメイカ(大爆笑)。すごく多かったみたいですよ。僕も初めは嘘だろうと思っていたんですが、そういうお客様が何人もいました。
渡辺:本当ですか。そういう時代があったんですね。
豊子:昔の人はそんなことを考えてすごいですね。
渡辺:工夫していましたね。
今はキチンキチンとでき上がってしまっていて、意外と融通が効かないですね。
利勝:本当に。融通が効く時代の方がいいですよ。面白味ががありますよね。
渡辺:やす幸さん(7丁目おでんやす幸)なんかも、ごはんが足りなくなると久兵衛さんまで借りに行ったと。
利勝:昔は結構あったようですね。少し前まではみんなそうです。ロオジェなんかも塩が無くなったりすると、次郎さんのところに塩をもらいに行ったりとか、あったようですよ。昔は助け合いでみんなで貸し合いって当たり前でしたね。
渡辺:仲間内で。
利勝:はい。隣の家に玉子を借りに行くような感じで。今は隣の家に玉子や油を借りに行っても。誰も貸してはくれないでしょうね。
渡辺:でも、いい時代、うらやましいですよね。
利勝:本当にうらやましいですよ。昔は近所にうるさいオヤジがいて、ちょっと悪いことをするとパーンと。何だ、このオヤジはなんて思いましたね。
渡辺:風呂屋でも怒鳴っているおじさんいましたよね。
利勝:いました。今はそういうのはないんです。時代ですよ。
豊子:昔の方が人情味がありましたね。
渡辺:お客様と接していてそういう情感みたいなのはどうですか。
利勝:最近なくなってきました。
渡辺:今は、雑誌を見てパッと来て1回で来なくなってしまう方いるじゃないですか。
豊子:大変多いです。
渡辺:やはり1回握るお付き合いもいいですけれども、何十回と続いていくようなお付き合いもまた特別ですよね。
利勝:本当にそうです。長いお付き合いでその人のパターンや好みもわかってきますし、癖もわかってきますよね。
ですから、ずっといらしている方が年を取ってあまり食べないと、どこか具合悪いのかなとこちらで感じたり、いっぱい食べさせてはいけないのかなとか、そういうことまで感じますよね。
渡辺:そうなってくると、また商売は面白いですよね。
時には嫌いとわかっていても何か新しいものをお勧めしたり。
利勝:ありますね。こういうの試してみませんかとお出しして。それで、またそのお客様の幅が増えますよね。
渡辺:そうなるとお互いに楽しくなりますよね。
利勝:はい。今は、お任せが多いじゃないですか。あれはお客様側が知らなくなった点もあると思いますし、あとは頼まないで全部任せてしまった方が楽だという点もありますよね。昔はお客様もわがままでしたから、自分の頼んだもの以外は食べないという流儀で皆さん美味しいものをご存じでしたね。
渡辺:なるほど。自分のスタイルを。
利勝:何月ごろになったら何が出てくるということを皆さん知っていて、そろそろこの時期だからあれが出てくるなと、あれまだ出てこないのかとお客様からはっぱかけられたり。ちょっと高いから買ってないとも言えないですし、少しだけ仕入れたり。こちらが少しごまかしたりすると、ビシッと。この人、知っているなと思って。
ですから、お任せやコースというのはこちらが有利で、お店側が有利になると板前が伸びないです。例えば、売れ行きの悪いものをどのようにお金にしようかと考えるのが商人じゃないですか。ですから、ロスも商売に必要ですよね。残すのはもったいないと思いながら、それを次の日にどのように加工したらさらに美味しくなるかと研究することも必要です。
渡辺:そうですね。
利勝:その中で、お客様が「これ美味しいね」と言ってくだされば定番メニューにすることもできますし。
渡辺:なるほど。板前さんの得意技はいつ頃からできてくるものですか。自分でつくるのかそれともお客様が感じて得意技として成立していくのか。
利勝:お客様から「あの人はこういうのが得意だ」と少しずつ積み上がっていくのではないかと思います。カウンターの中に入ると、みんな自分自身を演出します。しゃべらずに黙々と握る板前もいれば、お客様に楽しんでもらって自分のキャラを売る板前もいて、それを楽しみにいらっしゃるお客様もいるんです。
渡辺:同じお店で横に並んでいてももキャラは違うものなんですか。
利勝:違います。それをこちらが強制してもしょうがないですから、やはりみんな自分のキャラを作ろうとしますから。僕も最近やっとそれがわかったんです。
渡辺:型にはめてはいけないんですね。
利勝:そうなんです。たとえば久兵衛さんはみんなキャラがあって楽しいからお客様が来る。そういう形で高級店を大衆化したお店だと思うんです。
渡辺:そうですね。幅広く。 これだけお寿司屋さんが増えた理由のひとつに、やはり久兵衛さんのやり方というのがあるのかもしれないですね。
利勝:はい。高級店でありながら、間口を広くしたんです。
その正反対が、昔のきよ田の新津さん。この人は高級店で間口を狭くして嫌な人は入れない、そこまでこだわりがあるんです。うちの父は新津さんと仲が良くて、父が亡くなった時にはとても助けてくれました。「としちゃん、こうやったらいいんだよ」「たまに遊びに来なさい」とか言ってくれて、お店に行けばまた教えてくれて。早く仕事が終わった時にはうちに来てくれたりもしました。
本当に個性的な方ですから、逆に狭くしたんでしょうね。大きくしてしまうと個性も出しにくくになってしまうので。
渡辺:なるほど。お客様も居心地が悪いですものね。やはり狭い方が新津さんのスタイルには合っているんでしょうね。
利勝:はい。そういうことはなかなか難しいです。本当に新津さん以外にはできないですよ。
渡辺:いい話ですね、そうやってお父様が亡くなられても盟友の息子である利勝さんを助けてくれる。
利勝:本当に仲間の人たちは色々とありがたいです。
渡辺:いいですね。そういうのがまたこれからも銀座で必要だと思います。
利勝:今の銀座はどうなんでしょう。みなさん結構助け合っていますね。
渡辺:ただ、唯一心配なのは、みんな役員室に入ってしまっていて現場に出ている人の数がどんどん少なくなっています。青木さんのようにカウンターに入ったり、私みたいに売り場にいたりする人は逆にマイノリティになってしまって、それがちょっと寂しいといえば寂しいです。
利勝:現場にいながら、イベントなどに出て仲間と話したりすると、あ、この人は現場に出てやってるんだなとわかりますよね。
渡辺:そうですね。色々と大変ですがお互い頑張りましょう。
とても勉強になりました。またいろいろ教えてください。お忙しい中本当にありがとうございました。
鮨 青 木
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