銀座8丁目、知る人ぞ知るお店「あさひな」。
女将の上野様はご主人のご病気をきっかけに、玄米菜食のお料理を学ばれ、今はお客様のためにとそのお料理を出されています。食の大切さ、人間の身体の正直さに驚かされるばかりのお話でした。
渡辺:初めのお店はご主人と銀座で立ち上げられたのですか。
上野:そうです。昭和55年、銀座8丁目にオープンしました。当時は家庭料理の居酒屋でした。特に銀座にこだわってはいなかったのですが、たまたま縁がありましてカウンター10席のバーだったお店に多少の手入れをしてのスタートでした。
渡辺:銀座にお知り合いがいらっしゃったのですか。
上野:それが少しもおりませんでした。開店当初は、いくら銀座だからといってもお客様はなかなかフリーでは入ってきてくれません。そこで主人と相談して、昼間は500円でランチ営業をしてお客様に店を知っていただいてそれを夜につなげようと、まずは1年間、昼と夜で営業しました。
渡辺:なるほど。その後1年で夜のみにされたのですね。
上野:ええ。それはなぜかと言うと、夜は深夜2時までの営業だったのですが家に帰って休むのが3時半、そしてまたすぐに起きて家のことをして、主人は起きてすぐに仕込みに入りますから1年で身体が本当に消耗して、主人は8キロ痩せました。
渡辺:ランチから深夜までの営業だと、どうしても睡眠時間を削るようになってしまいますよね。
上野:そうなんです。当時は「この商売でで食べていくんだ」ということで、家族を支えなければならないという気持ちで「とにかく働かなくちゃ。お客様についていただかなくちゃお店は維持できない」と、それは必死でした。
すると不思議なもので、応援してくださる方が出てきてくださるんです。例えば、和食の道場先生はうちのお店の隣にあったクラブのお客様で、クラブに行く前に寄ってくださるようになって「ここは開店して間もないようだけども、お客さんがつくまで僕が来るよ」と言って本当によく来てくださいました。
それは当時の私たちにとっては本当に励みになりました。色々なお話を聞くチャンスにも恵まれて、とても良い勉強をさせていただきました。
渡辺:初めのお店で銀座には何年いらっしゃったんですか?
上野:18年ぐらいです。
銀座は夜が遅いのでとにかく私は主人の健康のことが常に頭にありました。主人は酒、タバコが大好き、おまけに美食でしたので(笑)。
そういうこともあって「こんなに遅くまでやらないで地元でやりましょう。50歳になったら地元に行きましょうよ」ということを主人に話しをしていたのですが、主人は頑として銀座が良いわけです(笑)。
渡辺:なるほど。銀座に魅せられてしまったと。
上野:でも、健康が一番、健康じゃなきゃ将来が楽しめないということで、「人生の後年を健康に過ごしたいのなら、昼と夜が逆転した生活をしていたら無理よ」と説得を続けて、やっと「しょうがない、地元に移転しようか」ということになったわけです。
渡辺:よくご主人も決断してくださいましたね。
上野:納得させるのに半年ぐらいかかりました(笑)。
渡辺:それは大変でした(笑)。
上野:平成10年4月、地元の足立区五反野にお店をオープンして、それから順調に忙しかったのですが、3年目に主人が肺がんという大きな病にかかってしまい愕然としました。先生がおっしゃるには「末期の4期で手術しても治らない、だから手術はしない」ということでした。しかし、主人にそのことは言えないので、「早期発見だから手術をしないで抗がん剤と放射線治療で治そう。だから入院が必要だ」というように伝えました。
渡辺:それは、大変だったでしょう。
上野:そういうことで、発見時に「余命半年」と言われましたが手当てと食養生で、結果的に2年近く頑張りました。
渡辺:それはすごい。奥様の献身があってこそでしょうね。
上野:主人の療養の中で私は気がついたことがありまして、主人の肌がどんどんきれいになっていくんです。顔のシミやほくろは薄くなって、たくさんあった肩の日焼けのシミがほとんどわからないぐらいになっていったんです。それを目の当たりにして「この自然食療法はすごい、食でこんなに皮膚も何も変わるって素晴らしいことだな」と思いました。
それで主人の三回忌が終わったあたりから「自然食をしっかり学びたい」という気持ちが強くなっていったんです。
渡辺:結果としてご主人の病気が自然食への扉を開けたということですね。
上野:そうですね。不思議ですが、やはり何かの縁がないとこの自然食と私は結び付いていかないんです。
渡辺:自然食のお勉強はどのくらいされていたんですか。
上野:パートをしながら2年近く成城学園にある「あなたと健康社」という東城百合子先生が主宰されている料理教室に通いました。これが私の自然食との出会いです。
現在、医療費の国家予算が37兆円といわれています。
渡辺:これからもっと増えていきそうですね。
上野:そうですね。何が言いたいかというと、やはり女性は台所を放棄してはいけないということなんです。だって、台所での便利・簡単ばかりを追求した上の病にかかってしまっていると思うんです。
渡辺:そのコストが37兆円となって重くのしかかってきている。おまけに体が壊れますから、それを金額にするとすごいことになってしまいますね。
上野:先日テレビでお味噌汁を食べたことがない、知らない小学生がいるというニュースを見ました。今のお母様たちは、どんな食生活を組み立てているのかと不思議に思いますね。
これからは、簡単ないわゆる電子レンジでチンしたものやコンビニで買ったようなものを出す母親と、お味噌や梅干しを手作りしている母親の両極端になってしまいそうですね。例えば本当に食を大切にして、全てではなくても手作りを重視した食生活にしている人というのは、全体の一割もいないんです。
東城先生の言葉に「ゆりかごを動かす手は世界を動かす」というものがありまして、子どもを健康に育てることは世界を動かすということなのですが、食に関して家庭が手抜きではどうしようもないですよね。
私の娘は2人とも東城先生の料理教室へ通っていますが、例えば子どもを産むとき自分の食事はどんなものが良いのかを知っています。もちろん、子どももそこから栄養をもらうわけですから、すでにおなかの中にいるときから体の仕組みが整っているわけです。その証拠に、玄米菜食で子どもを産み育てた人のお話を聞くと、これはまことにすばらしい子育てで、親が食を重視して身体に良い物を摂っていると子どもの自律神経が落ち着いていて、生まれてすぐに昼と夜がわかるというんです。つまり夜泣きをしない、するとママを困らせない、そしてママは寝不足にならない。生まれたときから生活のリズムがちゃんとできているという感じです。
食をきちんと考えることで、子育てがこんなに悩まずに済むということを目の当たりにしています。今、私は2人の男の子の孫に、本当に体に良い物を食べて、それによってどれほど子どもが元気で育っていくかという過程を見させてもらってます。
渡辺:現在は今までの経験に基づいたお店をなさっていますね。
上野:はい。私は「あなたと健康社」の料理教室を卒業したときに、こんなに素晴らしい食を独り占めするのはもったいない、これをどなたかに食べてほしい、そしてこの食で元気になってほしい、そういう思いがむくむくと湧きあがりました。それで、以前お店を構えていた銀座で、1人でできる小さな店をと考え6年前8丁目に現在の「あさひな」という素食の店を出しました。
渡辺:当時、玄米食や自然食というのは一般的だったのですか。
上野:その頃はモデルさんや女優さんが玄米を食べたりしていましたね。銀座のクラブのお姉様方は美に関して鋭いですから、うちの食事を食べに来てくださるようになりました。うちで食事をするだけで体が整ってきたと、毎日のように通われる方もいらっしゃいます。そういう方は意識も高いですし本当にお綺麗です。「自分は10年後も綺麗でいたいから」と、そういう意識も持っていらして「体調が非常にいい」ということもおっしゃってくださいます。
玄米はどこでも買えますからうちは何がいいんだろうと考えると、野菜が圧倒的に違いを生み出していると思います。
渡辺:どちらで採れた野菜なのですか。
上野:栃木県鹿沼市の田島さんという方が作っている野菜を毎週大箱で届けてもらっていて、この野菜とは主人の病気のときからのお付き合いなんです。
田島さんの農法は田畑輪換(でんぱたりんかん)といって、とても手間も暇間もかかるものなんです。3年1クールで米→麦→米→里芋→野菜。この五種類の物を1つの畑で作る農法なんです。
米、麦、里芋、農作物にはそれぞれにつく微生物がありますね、収穫が終わって枯れるとその微生物が全部死滅して飼料となり畑の土がどんどん豊かになるわけです。
渡辺:バリエーションが出て色々な栄養分が蓄積されそうですね。
上野:ええ。ですから、田島さんの蕪の葉っぱを茹でると茶豆の香りがするんです。有機農法の世界では田島さんは「里芋づくりの名人」で有名なんです。これは里芋を蒸していただいたら、その意味が本当に良くわかります。
渡辺:お店でその野菜を中心に使っていて、その野菜の力がお料理に現れているということですね。
上野:そうなんです。たとえばお客様が「この子1週間も便秘してるの」とお友達を連れてくるでしょ、するともう1日で解決して、翌日「ありがとう。びっくりしました」と、電話がきます(笑)。1週間も便秘している人が、うちの食事をしただけで変わるんです。
私は「この野菜の力でうちのお店がもっているんだな」と、いつもいつも感謝しています。
渡辺:銀座のクラブのママさんたちは、普段お客様とお食事に行ったりでなかなか食のコントロールが難しいですよね。
上野:そうなんです。ですから、美食に疲れた方たちがうちにおみえになりますよ。
渡辺:皆さん定期的にいらしていますね。
しかも、こう言っては失礼かもしれませんが、お歳もそこそこ召しています。ということは、長く健康でお店を続けられているということですよね。身体を壊してリタイアされる方が多い中で素晴らしいことですね。
上野:本当にそうですね。どうしても夜は遅いですし、それからお店がハネた後もお客様とお食事に行くでしょ。
渡辺:そうですね、夜中に。
上野:夜中はお寿司か焼肉かそんな感じですよね。しかも寝る寸前ですからこれは身体にいいわけはなく、そういうことが少しずつ溜まっていくんですね。
渡辺:上野さんのお料理をいただいていると、だんだん食べる量が減ってきます。少ない量で身体が回るようになってきて、結果としてもちろん体重も落ちますが、あれは不思議ですね。
上野:身体が満足するんです。
よく来てくださるママさんがおっしゃるには「あさひなで食事すると、身体全体が満足するからおうちへ帰ってもアフターでも、食べたくない。以前は、うちへ帰ってスナック菓子をつまんだりしていたけれど、そんなの一切しなくて済む」って。
渡辺:間食がなくなると。
上野:つまり、身体が欲しているものをバランスよく召し上がっていただいているんです。
渡辺:欲しているのは決して量ではなくて、必要な栄養素を身体が欲しているということですよね。
上野:そうです。現にうちのお客様がよそで食事すると、もっともっと食べたくなるんですって。「おなかがもういっぱいなのに、それでも満足しない」とおっしゃるんです。
その話はとても大切で、ようは身体が喜ぶものを摂っていれば、それでもう十分というサインを出してくれるのかなと思っているんです(笑)。
渡辺:カロリーという考え方もたしかにありますが、それだけではないということですね。やはり必要な栄養素をしっかりと摂れているかどうかが大切で、何カロリー摂るかという単純な話ではないのですね。
少量でも体が満足するケースもあるし、大量に食べても必要な栄養素が入っていないと、もっともっと食べたくなってしまう。
上野:そういうことです。その顕著な例として、例えばうちの料理はアク抜きしない、皮はついている。もちろん完全無農薬ですから、皮なんかそのままどうぞと(笑)。うっかりしたらそこにまた、小麦の胚芽の部分を入れたりします。
うちでは見えない部分でも、お客様が召し上がって栄養になるようなものをなるべく入れようと常に考えていますが、普通の店ではなかなかそういうことができませんからね。
渡辺:そうしてしまうと、ようは見栄があまり良くない(笑)。でもその美しくない部分に身体が欲しているものが少なからず隠れている。
上野:そうなんですよ(笑)。