明治時代から続く「銀座寿司幸本店」の四代目主人・杉山衛様にお話を伺った、第25弾・銀座人インタビュー。
創業は明治十八年。130年余りもの時を銀座と共に過ごしてきた老舗から見た銀座での商いのお話など、歴史ある老舗ならではのお話が満載です。
杉山:以前、韓国のNHKにあたるテレビ局から取材を受けたのですが、その時のテーマが「100年以上続いた企業ということに対して」でした。日本では全国で約9〜10万社の会社が100年以上続いているそうです。
しかし、韓国では100年以上続いている会社が100社もないのだそうです。
渡辺:世界的に見ても珍しいのですね。
杉山:日本はとても珍しいようです。他には、ヨーロッパの一部のギルドなどの洋服屋さんは残っているのですが、なかなか難しいそうなのです。
その日本の中でも一番多い業種のひとつが酒造メーカーです。お酒は江戸時代から綿々と続いている酒蔵がとても多いんです。また、意外と多いのが旅館をはじめとしたレストラン。江戸時代から旅館をやっていて、今は旅館はやめてしまったのだけれども和食屋さんをやっていますとか。
渡辺:飲食部門だけが残っているんですね。
杉山:そういうのは結構多いそうです。それに、和菓子屋さん。やはり和菓子屋さんも代々やっていらっしゃるところが多いです。そういうところから考えていくと、壹番館さんもそうでしょうけれども、私達はは親から受け継いだものをこの次にどうやって残していこうかということを考えてやっているわけで、自分の代で終わらせたくないというのを非常に強く感じている日本の経営者の方は多いわけです。
渡辺:その日本で寿司幸さんは129年続いて、杉山さんは4代目でいらっしゃいます。
杉山:ところが韓国やアメリカの会社は、とにかく会社というのはたくさん利益を生むべきもので、再投資をして大きくやっていくという考えなんです。再投資して大きくすることによって、また大きい利益があるだろうということに常に邁進していくので、企業目標が次代に繋ぐことよりも、とにかくお金をたくさん儲けるにはどうしたらいいかということが根底にあるそうなのです。
渡辺:あくまで儲けるための手段なわけですね。
杉山:だから、あるところまでは背広を作っていたけれども背広より寿司屋をやったほうが儲かるとみると、また違うところに手を付けたりする。そうすると、強い企業が弱い企業を吸収合併していったりして、大きくしていくので会社自体がどんどん変わっていくそうです。私達も含めて日本のいわゆる老舗と言われている店は、あまり企業拡大をしていこうとか、たくさんお金を儲けてやろうとは考えていませんよね。お金をもっと儲けるのだったら、壹番館さんだってスーツじゃなくてもっと違う商売をやった方が儲かるだろうと。しかし、そうではなく長く続ける事でどこの店もお客様に還元しているわけですよね。本来であればもっと高く売ってもいいわけです。
渡辺:実際そういうお店もありますね。
杉山:しかし、その中でも適正価格というのは必要で、もちろんよそから比べれば寿司幸の寿司は高いし、壹番館のスーツは高いのだけれども適正価格なんです。それなりの高値の中の適正価格を守ってずっとやってきているわけで、他で作ったら同じ素材で1万円で作れるところを2万円でというわけではなく、原材料費もかかっているし仕上がりも良い。様々な理由で高くしているというわけですね。
渡辺:杉山さんは、適正価格とお客様との折り合いをどこで見極めていますか?
杉山:やはり端的に原材料費のパーセンテージを常に見ています。原価をある一定のラインで保つように心がけています。
渡辺:それは他の店へ行ってみるとわかりますね。確かに価格が高いけれども、質に対するコストパフォーマンスは高い。
杉山:そうです。銀座の商売はそういうところがあって、ガツガツは儲けないのです。
渡辺:確かに他の地域と比べたら銀座の物価は多少高いと思いますが、そういう意味では、銀座の商売は真面目ですよね。
杉山:おっしゃるとおりです。
渡辺:先ほど、板前さんに昨日は最後のお客様が帰られたのが夜中の2時だったと伺いました。それから片付けをして、お店を出られたのは3時頃でしょう。それでも、もうお昼の営業でその板前さんが出ていらっしゃる。それでいて「たまのことですから」とおっしゃるその朗らかさが素晴らしいと思います。そこにビジネスと商店の違いをとても感じます。
杉山:そうやって、とにかくお客様に「質の高いもの」を「なるべく適正価格で」提供するというのが、やはり銀座で長く続いているお店の使命だと思います。それが企業を長続きさせて30年40年、気が付いたらせがれがやっていて80年100年経って3代目、4代目と繋がっていく大きな素因だと思うのです。
渡辺:そういう、売って儲けるということの、その向こうに見えてくる還元や長期的に繋げていくというものをお店ではどれぐらいの方までが、奥の奥の仕組みというか考え方まで理解できるようになるものなのですか?
杉山:やはり10年15年はかかりますね。
渡辺:長い時間が必要ですよね。3〜4年では無理ですよね。
杉山:それは絶対に無理です。ミーティングをやったり、一緒に飲みに行ったり、ちょっとした仕事中の会話が少しずつ積み重なって伝わっていくと思います。
また、一番重要なのは従業員はお客様から学ばさせていただいているということです。何がしかの会話の中で、いろいろな人生訓や社会道徳、マナーなど色々なことをお客様との会話の中で吸収していく。先輩とお客様が話しているのを横で聞いていて、「こういうところでこういうことをやってはいけないんだな」というのを学んでいく。それは、やはり15年はかかりますね。
渡辺:よく、お寿司は握るだけならある程度の期間で握れるようになると聞きますが、それだけが必要なわけではないですよね。
杉山:もちろんそうです。
渡辺:売り場でのマナーや商売を組んでいく時の還元の哲学など、そういうものはやはり15年くらいは必要ですね。
杉山:ある程度寿司が握れるようになるのには、6〜7年で仕事はできるようになります。
けれどもそれは仕事ができるだけであって、商売はできません。板前さんなりに商売ができるようになるには、やはり12〜15年はかかります。
渡辺:それは、独立できるようになるまでということですか?
杉山:そういうことです。寿司屋というのは、タクシー会社と一緒で、各板前がそれぞれお客さんを持っていて、みんな毎晩稼いでくるわけです。その集合体が寿司屋なんです。
渡辺:杉山さんは、技術は誰から習ったのですか?
杉山:やはり先輩ですね。
渡辺:お父様ではないのですね。
商売や職人としての哲学的なことは、言っている言葉の端とかで感じたことはありますか。
杉山:そうですね。二人で面と向かって言われたということはほとんどありません。一緒に飲みに行ったり食事に行った時にでも、あまり真面目な話はしませんでした。
渡辺:一緒にカウンターの中に入っていたこともあるのですか?
杉山:もちろんあります。10年くらいは一緒に仕事をしていました。
渡辺:その中で、いろいろなやり方を目で盗んでいくわけですよね。
杉山:そういうことです。
渡辺:実際の技術的なものは、兄弟子の先輩から教わったんですね。
杉山:そうです。それはやはり、一つのルールみたいなものです。
私は兄がいて、長男は僕より七つ上なのですが店で働いていたんです。私は3人兄弟の3番目で長兄が店を継いでやっていましたので、自分が寿司屋になるとは全く思っていませんでしたが、その兄が倒れてしまい私がまずはアルバイトで店に入るようになりました。
渡辺:そうだったんですね。バイト時代はどれぐらいの頻度でお店に入られていたのですか?
杉山:毎日入っていましたね。大学が夕方に終わると毎晩店へ来てアルバイトをしていました。兄は私が20歳の時に突然辞めてしまったもので、2番目の兄貴はもう就職していましたからどうしようかということになって、その時、祖父といろいろ話して店に入る事になりました。
渡辺:今までお兄様がなさっていた所に入るというのは、恐怖心にはならなかったのですか?
杉山:やはりありました。アルバイトの期間があったので、大学を卒業して店に入った頃にはのり巻きを巻くぐらいのことは既にできていたのですが、そういう事もあって一番下として改めて店に入ったんです。その時には、高校卒業で店に来た人たちとと同じところに入って、外の掃除や便所掃除など一からのスタートだったのです。そうすると、ライバルは18歳、こっちは22歳で結構遊んできたし仕事がどうしてもかなわないのです。
渡辺:負けてしまうのですか?
杉山:そうなんです。野菜を切らせても向こうのほうがきれいで速いし、仕込みをやらせても向こうのほうがきれいにピッとできる。
渡辺:4歳の差というのが出るんですね。
杉山:その時にこれはどうしようかなと思ったのですが、ちょっと待てよと。寿司屋の仕事は、何も速く握ったり速く野菜を刻むことではないと。将来、板前さんとしてお客様を楽しませることが寿司屋の使命なのだと無理くり考えて(笑)、お客様を楽しませるエンターテイナーとしてやっていくには、やはり大学4年間遊んでいたというのは強いはずだ、エンターテイナーとしてはこっちが一枚上だぞと自分に言い聞かせていました。
渡辺:例えばお寿司屋さんは代表的なものですけれども、天ぷらにしても、バーにしてもカウンターのご商売は、ただ食べさせればいい、飲ませればいいというものとは違って全部含めてのショーですよね。
そこを理解されている方って意外と少ないのではないですか?
杉山:しゃべらなければいけないし、しゃべり過ぎてもいけない。このお客様はしゃべりたがっているなという時には、フッと話を振ってさしあげる。今日は一生懸命考え事をされているなという時には、あまり余計なことを言わない。
例えば池波正太郎さんですが、先生は夜書きで夜お家に帰ってから書くんです。出版社を廻ったりして、夕方の5時頃に飲食店に来るわけです。初めのうち、何もしゃべらないでただ黙々と飲みながら食べているのですが、その時はいろんなことを考えてらっしゃるのですね。
渡辺:組み立てをされている。
杉山:そうです。私が先輩から言われたのは「話しかけては駄目だよ」と。向こうから話しかけてきた時には話しなさいと。こちらから「先生、なんとかなんとか」ということは絶対に言っては駄目だということを強く言われました。やはり、すべからくお客様ってそういうところがあって、しゃべりたい時、しゃべりたくない時、ちょっと考えたい時いろいろあるわけです。それをまず見なければいけない。
また、二人連れのお客様の時には会話が弾んでいる時には、何もノコノコ出かけていってこちらが話しかけることはないだろうと。しかし、会話がスッと途切れる時があるわけです。接待の場であったり、男女でもちょっと間が空く時がある。その時には「小石をひとつポーンと池の中に投げるのだよ」と言われました。そうすると、ポチャーンと波紋が広がって、それで会話が続き始めればまた引きなさいと。
渡辺:立て続けに投げ入れてはいけない。
杉山:そう、きっかけを作って会話がまた出てきたらさっと引く。
渡辺:いいお店というのは切ったり握ったりするだけではなく、会話も含めて技術なんだということをちゃんとわかっていらっしゃいますよね。
杉山:そうだと思います。それは、寿司屋に限らず全てのカウンター商売の醍醐味ではないかと思います。
渡辺:いわゆるビジネス型で行くと、促成栽培で3年で握らせるようにしてしまえという店では、そんなところまで教えられないですね。
杉山:そうです。だから、妙に話しかけてきたり、ブスッとして全然話を投げてこなかったり、そこら辺のタイミングが悪いんです。
渡辺:以前、杉山さんに「いわゆるチェーン店のお寿司屋さんで5年10年やっていた人が、寿司幸さんのような銀座の一流のお店に入ってきて通用するものですか?」と質問した時に「それは全然別物だから」と教えていただいて、同じお寿司屋さんでも生き様が全然違うのだなとある意味びっくりしました。
杉山:回転寿司から銀座の久兵衛さんまで、それこそ様々な寿司屋がある。ユニクロから始まって壹番館があるように様々な業態があるわけです。それを否定するわけではなくて、安いお店には板前と楽しく話そうというよりは、食べたいものを食べて飲みたいものを飲んでといった、その店なりのスタイルがあるわけです。
渡辺:コーヒーを飲む時だって、ファストフードでいいと思えばそれでいいわけで、ランブルさんのようにマスターがいる店でちょっと話を聞いてもらったり。
杉山:そうですね。サイフォンで立ててくれてボッと出すんだけれども「マスター、これ、今日こうなんだけどどう思う?」と言うと、結構的確な答えがあったりして。バーももちろんそうだし、それを望んで行くのかどっちかですよね。それぞれ業態で生き方が違うわけですから。