銀座人インタビュー〈第25弾〉
銀座にゆかりの深い「銀座人」たちに弊店渡辺新が様々なお話しを伺う対談シリーズ。普通では知ることのできない銀座人ならではの視点で見た、銀座話が満載です。

銀座人インタビュー〈第25弾〉創業129年。板前という名のエンターテイナー
銀座 寿司幸本店 四代目主人 杉山 衛様

下積み

渡辺:寿司幸さんで最初にお寿司を握らせるのは何年目ぐらいからなのですか?

杉山:4〜5年目です。

渡辺:それまではどんな事をやるのですか?

杉山:主に仕込みです。まず一番初めにやってもらうのは掃除です。ものをきれいにするということを勉強してもらいます。その中で飲食店としての体力を付ける。やはり下手をすると夜の12時まで立っていなければいけません。若い子は足が痛くなってきて、すぐへたってしまうのです。
 それから最低限のマナーを覚えていくので、やはり3年ぐらいはかかります。それと並行して包丁も使い始めます。私達は寿司屋ですからお魚をたくさん使います。でも、お魚の前にまず野菜で包丁を学んでいきます。刻みもの、例えばたくあんを刻んだり、ネギを刻んだりいろいろな刻みものを徹底的にやらせます。
 それから桂剥きです。ニンジンやダイコンを薄くスライスして、それを刻んでつまを作る。そういうようなことで、まず包丁に慣れるだけでも1〜1年半かかります。それまで高校生で若干はできたかもしれませんが、包丁のほの字もちゃんと習っていないわけです。それに桂剥きがちゃんとできるようになるには時間がかかります。
 でも、若いからすごく覚えが速いですね。1年もすればみんな目をつむってでも桂剥きができるようになります。それができるようになってから、初めてコハダだとかアジの頭落としなどから始まります。

渡辺:いよいよ魚に包丁が入る。

杉山:というのは、包丁というのはスライスして切るものなのです。例えばネギを刻むところでも、音がシャッシャッシャッシャッシャッとなるように切っていかなければいけない。それは、包丁を滑らせていくのです。そういうことを覚えていかないと、例えばアジの頭を落とすのもただ上からボンと叩くのではなく、やはり入れるべきところにサクッと入っていくような包丁の滑らし方ができないと駄目なので、初めはそういう魚の頭ばかり落とさせるわけです。
 その次はうろこ取り。水洗いというのですが、うろこを取って頭を落として、内臓を外すぐらいまでを半年ほどやらせます。

渡辺:包丁の技能がない人が刺身を切ると、どうなってしまうのですか?

杉山:細胞をつぶしていってしまいます。

渡辺:表面がズタズタになる。

杉山:そうです。切れる包丁で腕のいい職人さんが切った刺身というのは、舌にまとわりつくというか、ペッタリくっついてなじんでくるんです。
 ところが、切れない包丁で下手な板前がやると断面がガサガサにのこぎりで切ったような断面になります。そうすると、お刺身を口の中に入れた時にざらつき感があったり、舌にまとわりついてこないのです。

渡辺:雑な味になってしまうし、しっとしない。

杉山:そして、寿司屋の場合はシャリを切ったり、それからいろいろな煮物や焼きものです。かんぴょうを煮たり、卵焼きを焼いたりといったことを5年ぐらいかけて覚えていくのです。シャリをやり出すと実際シャリを切る時に触り出すもので、その頃になると大体のり巻きぐらいから任せ始めます。

人を育てる

渡辺:寿司幸さんのようなしっかりとしたお店に入ると、しっかりと基礎の基礎から教えてもらうことができる。初めに掃除というのはこういうものなのだと覚えてしまえるとその後とても楽ですよね。

杉山:叩き込んで、それが習慣になってしまえば楽です。例えば、細かいホコリがあるなどというのは、絶対駄目なわけです。しかし、掃除が習慣として体に染み込んでいればそういうのを見た瞬間に体が「嫌だ嫌だ」と感じるのです。「おい、汚れてるぞ」と言われるから拭くのではなく、そこまで感じるようになってくれないと困ります。

渡辺:お互い体で感じていないと、会話にならないですね。

杉山:そうなのです。「あ、ホコリだ。これは旦那に怒られる」というのではなく。

渡辺:自分で「嫌だ、気持ち悪いな。汚れているのは嫌だな」と思ってもらわないと。

杉山:壹番館さんでも小さな端切れだとかが落ちていた時に、上のものから「それを片付けろ」と言われるのではなく、そこにそんなものがあってはいけないのだという自分の判断ができて、自然とそういうものは拾うことが普通になるのが仕事の第1歩で、そこがわからないとやはり衛生面だけではなく全てが積み上がっていきません。

渡辺:銀座のバーテンダーの方に伺うと、やはり掃除をきっちりする、グラスを拭く、ボトルを拭くというお店に最初に入れば、その後もそれが体に染みているので間違いないのですが、最初に掃除がルーズなお店に入ってしまうと一生限界が出てきてしまうということを聞きました。

杉山:だから、今はお寿司屋さんでも3年もいればどんどんお寿司を握らせる店がほとんどなんです。というのは、5年も10年も育てていくのはとても大変で、うちはたくさん人がいますが本来それは無駄なのです。人間が利を生むようになるには15年かかるわけですから。
 しかし、3年で覚えさせてどんどんお寿司を握って刺身さえ切れれば、お金を稼いでくれるわけです。

渡辺:しかし、企業、いわゆるビジネスでは現在多くがその方向に向いていて、時間をかけるなんていうことはしませんよね。

杉山:しませんね。だから、やはりどうなのかなと思います。外食産業と言われるところはやはり大きい企業ですから、利を生んでいかなければいけません。ですから、そこの店に対して適正な人件費をまず割り出して、無駄のないように働かせます。アルバイトで済ませられるところはアルバイトでといったことの積み重ねでやっているのですが、われわれのところは壹番館さんも含めてそうはいきませんね。

渡辺:それはなかなか難しいですね。

杉山:やはりある程度の人件費の無駄もサービスのうちではないかなと思って、こんなことをやっているのです。

渡辺:でも、一見その瞬間は無駄に見えるものこそが、杉山さんのおっしゃっる継続していく時には必要な力ですよね。

杉山:それは強い力になってくるのです。うちにいた若い子や他のしっかりとしたお店で修行した子たちが、自分でお店を持った時にはやはりそういうことが成功する一つのツールにはなります。しかし、必ず成功するわけではありませんから商売は難しいです。
 ですから、うちの店や壹番館さんは希少生物みたいなものです。

渡辺:そうですね。世の中が商売を継続させるような気概を持っていない。

杉山:ひと風吹いたらいなくなってしまうようなものなのです。でも、その希少生物は希少生物なりに、しぶとく生き残っていかなければいけないのです。

渡辺:そういう希少生物が銀座には多いですね。

杉山:そうですね。だから、銀座という街は楽しい街なんであって、一軒一軒のお店や街としてバラエティーに富んだ引き出しを持っているから、様々なお客様に対応できるわけです。

渡辺:銀座通りや晴海通りのような大きい通りには、華やかで国際的な企業がワーッと入っていますけれども、そういうところに希少生物はあまり生息していませんね。ちょっと1本裏に入った。

杉山:そう。希少生物は裏に入ったところでしぶとく残っているのです。(笑)

銀座 寿司幸 本店 銀座 寿司幸 本店
営業時間 11:30〜22:00(L.O)
定休日 祝日の月曜日
中央区銀座6-3-8
TEL. (03)3571-1968

それぞれの個性

渡辺:寿司幸さんには何人かの板前さんがお店にいらっしゃいますが、店としての味はどこでそろえていくのですか? 

杉山:仕入れ、仕込み、シャリ、そして使う魚は同じですからそこで店としての統一感は出す事ができます。
 しかし板前はコンサートマスターと一緒で、25種類の魚はトランペット、トロンボーン、第1バイオリン、ビオラ、チェロなのです。それを板前という指揮者が指揮していくわけです。そうすると、やはりタクトの振り方次第で同じモーツァルトでも微妙に音色が変わってくるわけです。それが、指揮者の個性であって「俺はAのモーツァルトよりもBのモーツァルトのほうが好きだ」というように、付いてくださるお客様が変わってきたりするわけです。

渡辺:いくら握り方を変えようと、そこから外れてしまうということはないのですね。

杉山:そうです。ただ、私はお客様に対して200粒で握る、Bという板前は180粒で握る、Cという板前は220粒で握るとするとハーモニーが違ってくる。私はワサビを0.5グラム、Bは0.4グラム、Cは0.6グラム入れる。それだけでもワサビの効き方が違ってハーモニーが変わってくるわけです。その奏でるハーモニーが、お客様と合う合わないといった相性があります。
 また、板前さんは「お寿司のワサビは0.4グラムじゃなくて0.5グラムがおいしいんです。シャリの数も220粒ではなく200粒でないと駄目です」というように、ある程度は自分の寿司をアピールしてくというようなことをしていきます。

渡辺:自分の寿司のファンになってもらうということですね。

杉山:そうすると、今度はその方が220粒のお寿司を食べた時に「ちょっと違うぞ。やはりあいつのほうがおいしいな」となるわけです。

渡辺:相性がいいかどうか。

杉山:そうです。寿司屋は銀座に600軒あると言われているのですが、これだけの寿司屋がひしめき合う中で商売が成り立っていくのは、それぞれが自分の寿司を握っているからなんです。

渡辺:お寿司のタイプが600種類あるということですよね。

杉山:そういうことです。

「板前」と「商人」

渡辺:以前、寿司幸さんで一緒になった方がご商売を続けるかどうか迷っていらして、杉山さんが「自分で包丁を握っていないのならもうやめてしまったほうがいい」と、アドバイスをされていました。やはり希少生物の生き様としては、自分でシェーカーを振ったり包丁を持っていないと、希少生物として生き長らえられないということですか?

杉山:そうですね。やはり人を使っていると板前さんに気を使わななければいけないし、自分の思ったお料理を板前さんが描いてくれるかというと、なかなかそうではなかったりすることで、経営者としてはやはりイライラしてくるわけです。
 時代もだんだんあまり良くなくなってきてお客様の数が減っているのに、どうも板前さんとお客様がうまく噛み合っていないなというのは、肌でわかるんです。だから、言いたいことも出てくるわけですが、なかなか言えないところもあるし。

渡辺:言ったら関係が壊れてしまう。

杉山:まさにそうです。私は自分で包丁を握っているから、駄目だと思ったら言ってしまいます。
 本当は辞められたら困るのだけれども、「辞めたかったらいつでも辞めてください」「おまえがいなくったって自分がやるよ」と。

渡辺:それが言えるか言えないかは、お寿司屋さんならば包丁を握っているか握っていないかなんですね。
 やはり、自分でできる方でないとなかなかポンとは言えないものですね。

杉山:寿司幸もそんなことを長年やって、企業の存続を図っています。

渡辺:ドラマがありますね。

杉山:大したドラマでもないですけれども。

渡辺:私もとても感じるのですが、毎日お客様とのやりとりは本当に面白いですね。
 楽しいと言ってしまうと語弊があるかもしれませんが、接客させていただくというのは本当にハッピーですよね。

杉山:そうですね。 
 私達はゼロをプラスにする仕事。「おいしかったよ」と言っていただけるのはプラスに向いているという事。「どうもごちそうさん。ありがとうね」とにっこり笑って帰ってくださると心から嬉しいし本当に幸せですね。

渡辺:本日は、貴重なお話をありがとうございました。これからも美味しいお寿司を握り続けてください。

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